手賀沼ディズニーランド計画-我孫子の夢は幻しに
浦安市にある東京ディズニーランド。みんなもきっと何回も行ったことあるよね。
国内テーマパークナンバーワンできっと都道府県魅力度ランキングでも千葉県が10位台には入れてい
るのって千葉県に東京ディズニーランドがあるってことが大きいと思うよ。
でも、そのディズニーランドを誘致する計画が浦安市よりずっと以前、我孫子であったんだって。
もし実現してたら、我孫子は今ごろ夢の国の玄関口だったかも…✨
ここから先はB子が調べた計画の全容。ちょっと固い話になるけど、我慢して聞いてね。
1958年、京成電鉄の社長の川崎さんが渡米して本場のディズニーランドに感銘を受けて帰国後、
誘致の場所に動いたのが千葉県の手賀沼一帯だったんだって。
手賀沼ディズニーランド計画と銘打たれた一大プロジェクトに一番熱心だったのが我孫子。
「広報あびこ」に見開き2ページを開いて紹介している。
それが下の白黒画像の施設計画図です。
開発を担当する全日本観光開発の会長に前・東京都知事の安井さんを据えて政治力を取り込んだり、
各地で遊園地を経営していた後楽園スタジアムの社長さんも取締役に加えたりしたらしいよ。
でも、半年ぐらいたつと開発業者の経営が行き詰まったり、手賀沼の水質悪化により、遊園地にふ
さわしい土地ではないとの結論になり、計画は幻となっちゃったんだって。
白黒の施設計画図を見やすいようにカラーにしたのもつけておきました。
計画図を見ると、ジェットコースターなどの遊園地のほかにもプールや体育館などのスポーツ施設、
動物園や博物館もあり、手賀沼の上空をケーブルをつないでゴンドラが走る壮大な複合施設を計画
していたみたい。でもディズニー側と交渉した記録はないみたいでミッキーやドナルド達のいる今
のディズニーランドとはちょっと違う感じなのかも…。
それでも勝手にディズニーの名前を使っちゃうって難しそうだからなんらかの交渉はされていたか
もしれないね。


手賀沼ディズニーランド計画が中止になったのは残念だけど、もし、計画が実現できていたら…今の我孫子はどんな感じに
なっていただろうなあ。
そんな風に想像するとなんかわくわくしない?
ちょっとだけ想像してみようかな?そんな世界を…。
最初に作られた昭和感たっぷりの施設計画図を令和風にアレンジしてみると…。こんな感じかな?
①(少しだけレトル感残したバージョン)

➁(今風?アレンジバージョン)

もしも手賀沼にディズニーランドができていたら――
夢の国が地元にあったら、日常はどんなふうに変わってたんだろう?
ここからはB子の想像の世界です。

この世界では、手賀沼の空をゴンドラが渡る。
観覧車とお城を横目に、ゆっくり進む空中散歩。
「今日も夢の国、通ったなあ」って、
当たり前に思える日常がここにある。

夕焼けの手賀沼に、観覧車の影が浮かぶ。
水面に映る光が、ちょっとだけ魔法っぽくて。
この街には、誰かが描いた夢の残り香が今も漂ってる。

いつもの住宅街の向こうに、青い屋根の城が見える。
洗濯物を干しながら、
「今日はあそこまで行こうかな」って思える世界。
夢の国が地元にあるって、きっとこんな感じ。

ゴンドラの窓から見えるのは、手賀沼と夢の国。
観覧車もお城も、ほんの少し手を伸ばせば届きそうで。
この空中散歩は、日常と非日常のちょうど真ん中にある。

