
B子のためにうな吉おじいちゃんは手賀沼沿いのかわいいアパート
のワンルーム部屋を用意してくれていました。
人間界ではひとり暮らしです。全て自分ひとりでやります。
ベッドやカーテン、その他の小物はB子と相談のうえ、決めました
が、唯一ドレッサーだけは既に決まっていました。
B子より前に来ていたうなぎ族のひいおばあちゃんの当時は‘’鏡台“
と呼ばれていたもの。
ちょっとレトロ感満載だけど、そんなに違和感なく馴染んでいる
それにこの鏡台に座って鏡を見ていると何だかとっても落ち着い
て暖かな気持ちになれる。だから、その日一日の出来事を話した
り、最近では悩み事まで何でも聞いてもらっている。
その日も最近の悩みとか聞いてもらっていたら、急に電気が消え
て鏡台の周りだけほわっと明るくなった。
そして遠くから優しい懐かしい声が聞こえてきた。
“えっ、ママ?ママなの?”思わず叫んじゃった。

“そうよ。B子。あなたのママよ。この鏡台があなたの住む人間界
とこっちの世界をつなぐ唯一の手段なの。
いつもママはB子の話をここで聞いていたの。そして、最近とて
も悲しい顔をしていることが多い事が心配なの。
もちろん、あなたが何に心を痛め、悩んでいるか、知っている。
その事であなたに話しておきたいことがあるの。本当はもっとあ
なたが大人になってから話す事だったんだけど悩んでいるあなた
を見ていたら話しておこうと思ったの。‘’
それからママから聞いたお話はとても不思議な話でした。
“夜空に輝く星の中でも私達の住んでいる地球から最も近くて大きく見えるのが月よね。
月の満ち欠けで月はいろいろな形に見える。最も大きく見えるのが満月。満月は約29.5日に1回見るこ
とができるの。その満月の中でも一番大きく明るく見える月がスーパームーンていうの。
そしてそのスーパームーンに願い事をするとその願い事が満月の間だけ叶うの。
お願いできる願い事は2つあってお願いできることはひとつ。
ひとつめはこころもからだも人になること
ふたつめはもとのすがたにもどること
あなたはその顔のエラとしっぽがはずかしいんでしょ。からだが人と同じになること。
それがあなたの願いなんでしょ?だったらお願いしてみたら?“”
確かにそんなこと思って鏡の前で話したこともある。
でも、どうしようもできないことだから個性って思おうと決めてきたのに…。
それでも聞かずにはいられなかった。
“満月の間ってどれくらいなの?“
‘’一日よ“ ママが即座に答えます。
“それじゃあ、短すぎるよ。たったの一日だと何もできないし、また、元に戻ったら意味ないよ“
B子が言うとママはB子を諭すように優しい口調で答えました。
“満月の期間の一日であることには理由があるの。でも今はまだ、言えないの。あなたがもっと大
人になった時に教えてあげる。今は経験することが大切だと思ったの。
その経験はいい事や楽しい事ばかりじゃないかもしれない。辛いこともあるかもしれない。でも、
きっとあなたにとってプラスになる、と信じている。そして少しでもあなたが笑顔を取り戻すこ
とができたらママ、うれしいな“その言葉はとてもやさしく、暖かくB子のこころに響きました。


ママと話した翌日の午前12時近く。B子の姿は手賀沼のほとりにいました。
見上げると満月が雲一つない夜空に輝いていました。
ママの言葉が耳に残っていました。
“願い事ができるのは月が一番大きく、明るく輝くスーパームーンの時だけ。しかも少しでも雲がかか
っていたりしたらダメなの。2025年のスーパームーンは一番近いのが明日の11月5日。天気も良さそ
うだし、今年最も大きなスーパームーン。一番いいと思うわ。
午前12時前に手賀沼大橋の真ん中に立っていて。
12時ぴったりに一瞬外灯が消えて月明りだけになる。
その瞬間に水面の月明りを見てあなたの願い事をこころに思って。
そうすると願い事がお月様に届いてその願い事が叶うわ。‘’








B子は手賀沼大橋の真ん中に立つと橋の下を覗き込むように見つめました。
水面に月明かりがゆらゆらと揺れながら輝いていました。
午前12時ぴったり、外灯が消えたてあたりは漆黒の闇となりました。
水面の月明かりだけが輝いていました。B子はこころの中で願い事を呟きました。
するとどうでしょう。B子の体はたちまち大きな光のうずに包まれました。周りがひかりで見えなくな
りましたがその光はとても暖かく優しくB子の体を包み込みました。
どれくらいの時間が経ったのでしょう。気が付くと、B子は空に浮かぶ満月をじっと見上げいました。
体の力を全部光に吸収されたしまったかのように全身の力が抜けていました。
この時、疲れ切ったB子は気づいていませんでしたが、B子の体には小さな変化が出ていました。
B子の横顔を見てください。顔のエラがなくなっているのに気がつきましたか?
そのあと、B子は家まで帰りました。
どこをどう歩いたのか全く記憶にないぐらい体もこころも疲れていました。
B子はすぐにパジャマに着替えるとベッドの中に潜り込んでそのまま熟睡してしまいました。
この時もB子はもうひとつの変化に気づくことはありませんでした。
そうです。しっぽもなくなっていたのです。


次の日の朝。パジャマのまま鏡
台の前へ。鏡に映った自分の顔
を見て驚くB子。
そうです。顔にエラがなくなっ
ているのに気がついたのです。
あわてておしりのあたりを触っ
てみました。しっぽもなくなっ
ていました。
あまりにも疲れて忘れてしまっ
ていた事を思い出しました。
昨日の出来事は夢ではなかった
のです。

何だかこころが浮き浮きして…学校に向かう足取りも軽い。
学校につくとすぐに気づかれてたちまちみんなが寄ってきて…
そんなに驚くことなの?
一日だけのこと。なんで? それは言えないの。
質問責めにあいます。そんな中、3年生の先輩が寄ってきて…
一日だけなんだ。じゃあ、楽しまないとね。今日午前授業だろ。
午後から遊びに行かない? えっ?みんなと一緒に?
それでもいいけど2人は? それってデート?
まっ、そうともいうかな?
先輩はサッカー部キャプテン。イケメンなスポーツマン男子。
そして女子の人気ナンバーワン男子。
みんなの前でデートの誘いなんて…。
女子達の羨望のまなざしが…とっても痛い
午前中で授業が終わり自宅に戻ったB子。
これから先輩とデート。制服を着替えなくちゃ。
どんな服を着て行こう。着替えて玄関の鏡の前に。全身が映し出された自分の姿を見ます。
ちょっとスカート短くないかな?このポシェットあんまりかわいくないかな?いろいろな事が気になります。
先輩のことを考えると胸がキュンと締め付けられたように痛い。胸のドキドキが止まらない。
これが男の子を好きになるってこと?こころが人になるってこと?
B子は初めての経験に少し戸惑っていました。
それでも、B子は先輩との待ち合わせ場所の我孫子駅にむかいます。







はじめてのデート。もう心臓バクバク。どうしよう…先輩にお任せ
我孫子駅で待ち合わせ。それから歩いて5分の手賀沼公園に。
秋の公園も静かで気持ちいい。散歩中のワンちゃんが寄ってきた
ワゴン販売のクレープを食べてショッピングセンターでウインド
ウショッピング。その後はカラオケに。そしてかわいいカフェで
お茶しました。はじめての経験に夢中になってしまいました。
初めてのデートに満足していた私にカフェで先輩が耳元で小声で囁いてきました。
“ねっ、これから家に来ない?“
えっ?初デートでいきなり先輩の家? ちょっと驚いた顔したら先輩はにこっと笑って
“大丈夫。今日親いないし。ママ友の会とかで出かけてるし“
えっ?それって何が大丈夫なの?
怪訝な顔をしてたら“じゃあ、決まりね。さあ、行こう“
先輩ってちょっと強引。。












手賀沼沿いの閑静な住宅街。ちょっとおしゃれな一戸建て。ここが先輩の自宅。
2階の南側の部屋が先輩の部屋。部屋からは手賀沼とそれに続く遊歩道が見える。
いきなり初デートで先輩の家、しかも先輩の部屋に案内されてもどうしていいかわからない。
座ればいいのかしら。よくわからなくてただ突っ立っていたら…。
私の顔をじっ~と見つめて先輩が段々近づいてくる。
え~。思わず後ずさり。でもこれ以上下がれない。部屋の壁に背中がついてしまったから。
それでも先輩が近づいてくると壁に左手を伸ばして体を支えてさらに顔を近づけてくる。
少し屈んだ格好になっても先輩って背が高い。少し見上げる感じになる。
こんなに近くで見られたら恥ずかしいよ。目を合わせていられないよ。
先輩の見つめる目から顔をそむけるように下を向く。
先輩の右手がゆっくりと近づいてきて私のあごのあたりにすうっと触れる。
そして人差し指と親指で私のあごをつまむと、クイッて引き上げた。目の前に先輩の顔があった。
怖いくらい真剣な先輩の顔が私をじっと見つめていた。
これって噂に聞く「壁ドン、アゴクイッ」ってやつ?えぇっ、初デートでいきなりキス?
しかも私にとってファーストキス…。でも先輩となら…いいかも。。
覚悟を決めてそっと目を閉じる。心臓はバクバク。本当に音が聞こえてきちゃいそう。
あれっ?しばらく経ったけど何もおこらない。
ほんの数秒かもしれないけど、とても長い時間に感じる。
そおっと目を開ける。彼の顔が目の前に。私の顔を真剣に見ている。
ううん。よく見ると顔というよりは耳のあたりを見ている。
“本当にえらがなくなったんだね。全然跡とか残っていないし。でもそれはそれで‘’きしょい‘’なあ。“
“確か一日で戻るんだよね。生えてくるのかな?うわっ!想像するだけで‘’きしょ!!‘’‘’
そう言うと耳のあたりを触ろうとして手を伸ばしてきた。
やめて!思わずその手を振りほどく。
“おい!少しぐら触ってもいいいじゃないか。今日デートしてあげただろう。
おまえ、エラないと意外とかわいいから俺が連れていても、まあバランスとれている。
これからもデートしてあげてもいいよ。でも、エラのない時だけね。“
その言葉が終わらないうちにB子は先輩の部屋を飛び出していました。



先輩の部屋を飛び出して街を歩きだす。
自然とこみあげてくるものがあるけどぐっとこらえる。少し顔を上げて涙をこらえる。
でもこらえきれないや。涙があふれだして頬を伝う。
なんでこんなに涙がでてくるんだろう。
先輩の言葉に傷ついたから?
確かに先輩の言葉が耳にこびりついている。きしょってそんなに私って気持ち悪い?
えらがなくても気持ち悪いって私の存在そのものが気持ち悪いってこと?
でも、それだけじゃないんだ。涙が止まらないのは…
私自身に腹が立って悲しいんだ。
見た目を気にしない、個性だなんて言っていて一番見た目を気にしていたのは私自身。
先輩を好きになったのも結局、先輩がイケメンでかっこいいって思ったから。見た目で選んでる。
勝手に有頂天になって、相手の本当の気持ちを知ろうともしなかった。
見た目が変わっただけではだめなんだ。
願い事でこころも人と同じになれるって全然なれてないよね。全然ダメ!
私自身に失望して…涙が止まらないんだ。




自分の部屋に帰ってきてベッドに腰かけるB子。
涙は止まったけど…気分はブルーのまま。
ちょっと落ち込んでいるB子を心配しておじいちゃんの家で一緒
に暮らす2匹のわんちゃんがやってきました。
足もとでじゃれつく2匹のわんちゃんを抱き上げるとB子の顔を
ペロペロ。‘’くすぐったいよ‘’思わずB子の顔もほころびます。
この子達は私の見た目とか関係なくいつも同じように接してくれる。私が落ち込んでいれば慰めてくれる。
私の見た目に関係なく接してくれる人はまだ少ないけど何人かいる。
そういうお友達を増やしていけばいいんだよね。
前に‘’100%の人に好かれたいなんていえない‘’なんて言ったけど、今はもしかしたら99%の人が私のことを
‘’きしょい‘’って思っているかもしれないって思ってる。でも見た目に関係なく見てくれる1%の人を見つければいい
んだよね。そういう友達をつくっていきたい。
またたくさん落ち込んだり、泣いたりするかもしれないけど。。。そんなことを思ったB子でした。






そうだ。今日のことをきっとママが心配している。報告しなくちゃ。
とってもいい経験ができたよって。本当にいい経験できたと思うんだ。
ママが願っていること。私の笑顔だよね。笑顔の練習しなくちゃ。
どうかな?だめだ。目が笑ってない
うーん、どうしても顔がひきつっちゃう
でも、少しずつ自然になってきたかな
今日のおバカな私を想像しちゃおう
エラ探しをしている先輩をキスしようとしてるなんて…
だって本当に真剣な顔してるんだもんなあ
エラ探しに真剣になっている先輩の顔を思い出すと笑っちゃう
あはは。本当におかしいや
ママ、ごめんね。今日はこのウソ笑いが精一杯なんだ。
でも、きっとすぐに、こころからの笑顔を見せられると思うから、それまで待っててね
