アオコに覆われた夏、ひとりの少年が沼に立った
その年の夏、手賀沼は緑色の膜に覆われていた。
水鳥たちは餌を見つけられず、魚たちは酸素を失い、
水草は光を奪われて弱っていた。
そんな中、夕暮れの沼に、ひとりの少年が現れた。
彼は網を持っていたが、魚を捕るためではなかった。
水面に浮かぶゴミを、黙々と拾い始めた。
水鳥たちは空から見ていた。
どじょうは泥の中からその気配を感じていた。
なまずは底で静かに目を開いた。
「あの子は…沼を助けようとしているのか?」
なまずはゆっくりと水面へ上がった。
アオコの膜を押し分け、少年の前に姿を見せた。
少年は驚いたが、逃げなかった。
むしろ、なまずの目をじっと見つめた。
「ごめんね…こんなにしちゃって」
その言葉は、水の中のすべての生き物に届いた。
人間が“謝った”のは、これが初めてだった。 水鳥たちが空から降りてきた
白サギ、カイツブリ、カモたちが、
少年の周りに静かに降り立った。
「この子は敵ではない」
「私たちの声を聞こうとしている」
水鳥たちは、少年の足元に落ちていた
プラスチック片をくちばしで拾い、彼の手元に置いた
少年は涙ぐんだ。
どじょうたちが泥を揺らし、沼の底から合図を送った
泥の中で暮らすどじょうたちは、
水の匂いの変化に最も敏感だった。
彼らは泥を揺らし、
“ここが苦しい”“ここに汚れが溜まっている”という合図を送った。
少年はそれに気づき、「ここをきれいにしなきゃ」とつぶやいた。
スーパームーンが昇り、沼を照らした。
その光の下で、少年は静かに言った。
「僕ひとりじゃ無理だけど…
みんなと一緒なら、きっと手賀沼を取り戻せる」
なまずはゆっくりとうなずいた。
水鳥たちは羽を広げた。
どじょうたちは泥を揺らして応えた。
この瞬間が、手賀沼再生の“最初の協力”だった。
後に大人たちが下水道を整備し、浄化施設を作り、ビオトープを整え、導水事業を始めることになる。
そのすべての“原点”が、この小さな出会いだった。


