透明だった水が、ある日すこしだけ濁った
最初に気づいたのは、ガシャモクの群れだった。
いつもなら太陽の光が水底まで届き、葉の影がゆらゆら揺れていた。
しかしある日、光が弱くなった。
水が、ほんの少しだけ白く曇っていた。

「今日は雨でもないのに、どうしてだろう…?」
魚たちはまだ気づかない。
でも植物たちは、光の変化に敏感だった。

宅地が増え、川の流れが変わり、人間の生活排水が少しずつ沼へ流れ込むようになった。最初に異変を感じたのは、うなぎやどじょうたちだった。
泥の中に住む彼らは、水の匂いの変化に敏感だ。
「なんだか、前より息がしづらい…」
「泥の味が変わった…」

うなぎは特に水質に敏感だった。彼らは清い水の中でしか生きていけない。
うなぎは沼を離れ旅に出る決意をした。
一度海に戻るよ。でも、必ず戻ってくる。
そう言い残すとうなぎ族は沼を離れた。

泥の味が変わったのは、チッソやリンが増え始めた証だった。
手賀沼の賢者であるなまずは、底泥にたまる“重たいもの”を感じ取った。
水が濁るだけではない。底に、沈むはずのない細かい粒が積もり始めていた。
「これは…沼の息が詰まるぞ…」
なまずは危機を悟った。
しかし、まだ誰もその意味を知らなかった。

夏、突然、沼の色が変わった。
空から見ていた水鳥たちは驚愕した。
「沼が…緑に染まっている…?」
植物プランクトンが異常増殖し、水面は厚い緑の膜に覆われた。
魚たちは酸素を失い、
水草は光を奪われ、
水鳥たちは餌を見つけられなくなった。
沼全体が、静かに苦しみ始めた。

ある夜、スーパームーンが沼を照らした。
その光の下で、鯉・なまず・どじょう・水鳥たちが集まった。
「このままでは、手賀沼が消えてしまう」
「人間は気づいているのだろうか…?」
「いや、人間も困っているはずだ」
「ならば、協力しよう。沼を守るために」
ここが、“人間と生き物が協力する物語”の始まりであった。
後にB子が使うことになる「人間になる薬」の原型となる“知恵”が、この夜に生まれた。