手賀沼の歴史

は~い♪B子です。
今回は我孫子豆知識としてちょっと重いけど大切な話をします。
最後まで、是非つきあってください。
それは我孫子のシンボルでもある手賀沼の水質汚染についてです。
昭和20年代まで手賀沼の水は底が透き通って見えるほど澄んでいて、夏には子ども達が泳いで遊び、漁師は漁に出るとき沼の水をすくって飲んだといいます。
でも、昭和30年代後半以降、高度経済成長を背景として手賀沼流域で宅地開発が急速に進むと、大量の生活排水が沼に流れ込み水質を悪化させました。
また、生活雑排水に含まれるチッソやリンによって沼の水が富栄養化したことで、植物プランクトンが異常増殖し、さらに汚濁が進みました。夏にはアオコが異常発生し、沼の水は緑色に染まりました。
汚くなった手賀沼では、昭和40年代後半から度々アオコが発生するようになりました。アオコの発生により沼の水はカビ臭くなり、飲み水に用いるどころか水遊びもできなくなりました。

こうして手賀沼は、環境庁(現在は省)の調査が始まった昭和49年度から平成12年度まで、何と27年間日本一汚濁した湖沼という不名誉な記録を続けました。
そもそも湖沼の汚れは、人間がそこにどう関わっているかで決まるもので、湖や沼のせいではないんだよね。
家庭雑排水の対策は、一人一人の住んでいるみんなの意識から啓発していかなければならないんだって。。一般的な注意として、PRに努めていることは、台所の流しにはストレーナー、調理くずは土に埋める、油を流さないようにする、浄化槽を点検管理、ディスポーザーは使わない、お米の研ぎ汁はとくに影響が大きいので流さないようにする、洗剤は適正量を使うことなど。
どうかな?今からできることもある気がしない?
手賀沼の今は下水道整備などのさまざまな浄化対策や住んでいるみんなの取り組み、平成12年度から本格稼動した北千葉導水事業などによりかつては27年連続で全国ワースト1位の水質でしたが水質が改善され、平成13年度からはワースト1を脱却しました。
でも汚濁負荷は減った一方で、水質そのものは「横ばい〜ゆるやかな改善」で、環境基準はまだ達成できていないとされているんだって。富栄養化によるアオコ、底泥からの栄養塩の放出など「内部汚濁」の影響が続いているかららしいよ。
これからも住んでいる一人ひとりができることから始めなくっちゃいけないんだよね。
そして手賀沼は人間だけではなく、たくさんの生き物が暮らしている場所だからみんなが幸せに過ごせるようになっていけたら…かっての手賀沼みたいに透き通って底まで見渡せるようなそんな日がくることを夢見ています。
今まで書いてきた手賀沼の歴史についてはもしからしたらみんなも知っていることかもしれないね。
ネットの情報でもしっかり残っているお話だから…。
でも、今までのお話は全て人間側から見たお話しだよね。
手賀沼の水質汚染やその後どうやって改善されてきたかのお話にはネットにはのっていないもうひとつのお話があるんだよ。
これからの話は手賀沼の歴史に手賀沼で暮らす生き物たちがどうかかわってきたかというお話。
手賀沼の水で暮らす生き物達は水の学校があって手賀沼の長老達が先生になって手賀沼の歴史を学んでいるんだ。
今日はここにきてくれたみんなにも知ってほしいと思っている。
ここまで付き合ってくれたみんなは是非、クリックしてみてください。

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